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機能実現を舐めた人間の末路

不穏なタイトルからスタート。

「元々のプロジェクト計画(見積り、目標QCD設定等)に無理があった」
2012 年度「ソフトウェア産業の実態把握に関する調査」 調査報告書 より
http://www.ipa.go.jp/files/000026799.pdf

既知のI氏の言葉であるが、
「開発は計画が90%、のこりは粛々と進めればプロジェクトは成功」
その通りだと思う(粛々という言葉が狩られそうな時勢ではありますが)。

しかし、QCDの設定を誰かが間違えていた場合、プロジェクトの不成立確率は跳ね上がる。

顧客目線からは、機能を実現できること、そのうえで性能、安全、安心が保障できること。
が要求の順位付けである。機能ありきのシステムにおいて追加の要求を求めるのである。
(例えば安全前提であるなら本質的に安全な状態、つまり何もしないことが安全であるためナンセンスであると考える)

そうすると自ずとわかることであるかもしれないが、機能を実現することをまず第一優先として開発を進めるべき。


わき見運転や、ながらスマポが危ないと言われるのは、本来の目的行動(運転や歩行)が他への注目で阻害されるためである。

レストランでコース料理がきっちり出てきたときには客としてはとてもうれしい。
これは料理人を含めレストランというサービスの提供集団が
・コース料理を提供する
・コース料理を提供するための下準備(仕入れ、仕込み)をきっちりやる
・給仕のタイミングを図る
といった「顧客要求を満足させるための計画」があってこそ成り立つのである。

居酒屋などで料理が来ないとか、オーダーが遅いとか、イラリンコされた方も多いと思いますが、
客の欲しい「飲み物や料理の提供」についてのQCD設定および計画の甘さが、そのまま顧客の不利益に繋がっているという好例であろう。


人はとかく、自分のことに精いっぱいになってしまう性質をもっているものである。生来から、生物的にそうなんだから仕方がない面もあるのである。しかし、顧客もまた金に対する対価を求めるのも資本主義という我々の限られた世界の中での理でもある。制限された世界で生き残るための生存戦略として、顧客の要求することに応えることは理に適っているだろうか?是非考えてみたい。

さて、機能実現を舐めた人間の末路についてであるが、親愛なる諸兄諸氏には私のような偏屈なエンジニアに成って欲しくないと深く願うものである。自分のやりたいことだけで世の中がうまく動くと思っていたアホタレの自戒として受け取っていただければ幸甚である。
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